静岡史跡名跡案内
只木遺跡(浜松市)
只木遺跡(ただきいせき)【浜松市北区三ケ日・県指定史跡】 みかん畑の中にある遺跡で、昭和33年秋、現世人類の洪積世における祖先とみなされる三ヶ日人骨化石が、多数の洪積世動物の化石とともに発掘されたとこ...[ つづきを読む ]
蜆塚遺跡(浜松市)
蜆塚遺跡(しじみづかいせき)【浜松市中区蜆塚・国指定史跡】 静岡県浜松市中区蜆塚にある縄文時代後期から晩期(約3〜4千年前)頃の集落遺跡。国の史跡に指定されている(1959年指定)。 蜆塚遺跡は明治時...[ つづきを読む ]
丸子本陣跡(静岡市駿河区)
丸子本陣跡【静岡市駿河区】 丸子宿が、東海道伝馬制の制定によって宿場町に定められたのは、関ヶ原の戦の翌慶長6年(1601)です。江戸から数えて20番目の宿場町で、江戸期の宿場戸数は200戸余りでした。...[ つづきを読む ]
丸子宿(静岡市駿河区)
丸子宿【静岡市駿河区】 東海道五十三次の20番目の宿場町。 この道筋は江戸時代の東海道です。ここ丸子(まりこ)は文治5(1189)年、源頼朝が、奥州平定の功績により、手越平太家継(てごしへいたいえつぐ...[ つづきを読む ]
佐渡山古墳群跡(静岡市駿河区)
佐渡山古墳群跡【静岡市駿河区】 西宮神社境内を中心に発掘された当古墳群は、これまでに7基の調査が行われました。 これらの中には賤機山古墳に次ぐ規模の横穴式石室で、組合せ式箱型石棺二基を設け銅鏡、馬具類...[ つづきを読む ]
手児の呼坂(静岡市駿河区)
手児の呼坂【静岡市駿河区】 我が国最古の東海道の大動脈だった東路は、日本坂を越えて手児の呼坂を通り、舟山を経て駿河の国府に通じていました。 平安朝の頃から宇津の山路が開けると、手児の呼坂は、丸子を経て...[ つづきを読む ]
丸山古墳(宮川1号墳)(静岡市駿河区)
丸山古墳(宮川1号墳)【静岡市駿河区】 古墳時代後期前半(6世紀後半)に築かれた、一辺約20m、高さ約3.5mの方墳。 1959年(昭和34年)8〜9月に、発掘調査を実施。 主体部(埋葬施設)は、全長...[ つづきを読む ]
アサオサン古墳(宮川7号墳)(静岡市駿河区)
アサオサン古墳(宮川7号墳)【静岡市駿河区】 横穴式石室を有する、一辺約18mの方墳。 石室の規模は、全長13.5m、幅2.1m。 石室内で、板石を組み合わせた組合式箱形石棺3基を検出。...[ つづきを読む ]
手越河原古戦場(静岡市駿河区)
手越河原古戦場【静岡市駿河区】 手越河原古戦場は、南北朝時代の古戦場である。この地は安倍川と藁科川が自由に流れていた広い河原で、駿河府中の西を押さえる交通の要衝であった。その為、南北朝時代に度々合戦の...[ つづきを読む ]
伊庄谷横穴群(静岡市駿河区)
伊庄谷横穴群(いしょうやおうけつぐん)【静岡市駿河区】 静岡市駿河区大谷の伊庄谷横穴群(いしょうやおうけつぐん)は、北谷支群・南谷支群あわせて60基以上の横穴墓で構成されています。 古墳時代後期から奈...[ つづきを読む ]
浜松店053-453-6541
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