静岡史跡名跡案内
玉井寺一里塚(清水町)
玉井寺一里塚【駿東郡清水町】 慶長9年(1604)江戸幕府は、主要な街道沿いに江戸日本橋を起点として1里ごとの道程標識として一里塚を作りました。五間四方の土地に半球状に十尺の土盛をし、頂上に榎などの木...[ つづきを読む ]
花沢の里(焼津市)
万葉のふるさと 花沢の里 【焼津市花沢】 万葉集に「やきつべに我行きしかば駿河なる阿部の市道に逢いし児らはも」と詠まれた奈良期の東海道と云われる「やきつべの小径」に花沢の里があります。ここには、長屋門...[ つづきを読む ]
百ヶ間地田跡(焼津市)
百ヶ間地田跡 【焼津市上新田・市指定史跡】 戦前まで上新田の旧河守屋敷前一帯の田は七つの大区画に、さらにそれを102の長方形に区画され、「百ヶ間地」と言われていました。これは、寛文年間から元禄10年ま...[ つづきを読む ]
白隠禅師の墓(沼津市)
白隠禅師の墓(はくいんぜんじのはか)【沼津市】 臨済宗中興の祖である白隠の墓は、出家 し、長く住職を務めた松蔭寺にあり、県指 定史跡となっている。 本堂裏の墓地に進むと、3基の無縫塔が 目に入ってくる...[ つづきを読む ]
舟仙の墓(沼津市)
舟仙の墓(しゅうせんのはか)【沼津市】 舟仙は本名を芹沢舟仙といい、江戸時代末期の彫刻師、舟月の弟子で、一刀彫の彫刻師としてとして名高いが、画・俳句など多芸の人であった。伊勢参宮の途中沼津の俳人窪田種...[ つづきを読む ]
杉田玄端墓碑(沼津市)
杉田玄端墓碑(すぎたげんたんぼひ)【沼津市】 文政元年(1818)尾州藩の医師幡頭信珉の子として江戸に生まれる。天保5年(1834)17歳で杉田立郷の門下生となり、蘭学医術を修める。同天保9年、杉田家...[ つづきを読む ]
増誉上人像(沼津市)
増誉上人像(ぞうよしょうにんぞう)【沼津市】 増誉上人は、千本山乗運寺(浄土宗)の開祖で長円といった。増誉上人をめぐる千本松原の物語は、今なお人々に語り伝えられている。 一説によると、天正8年(158...[ つづきを読む ]
首塚(沼津市)
首塚(くびづか)【沼津市千本】 千本の本光寺に隣接した北側西隅に首塚の碑がある。明治33年(1900)5月、暴風雨の翌朝、千本松林の中で露出した頭蓋骨が発見された。これを集めて弔ったのがこの碑で、首の...[ つづきを読む ]
震災追弔の碑(沼津市)
震災追弔の碑(しんさいついちょうのひ)【沼津市】 安政元年(1854)11月4日、駿河地方に大震災が起きた。このとき、ここ駿東郡大岡村南小林の約2ヘクタールほどの土地が一瞬のうちに約6メートル陥没し、...[ つづきを読む ]
三明寺経塚(沼津市)
三明寺経塚(さんみょうじきょうづか)【沼津市】 三明寺経塚は、沼津にあった5つの経塚の一つで、その規模が大きいことで有名である。享保19年(1734)2月8日、暴風のため倒れた老松の下から偶然発見され...[ つづきを読む ]
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