千本浜古戦場(沼津市)
千本浜古戦場
千本浜古戦場は、戦国時代末期の北条・武田両軍の激戦の地である。
小田原の北条氏政と甲斐の武田勝頼は、越後上杉氏の内乱「御館の乱」を巡って対立関係となり、駿豆国境地域の支配を巡って激しく争った。
特に戸倉城と三枚橋城を拠点に両軍は厳しく攻防を繰り返し、1580年9月には千本浜で両軍による激戦が展開された。
近代に入った後の明治33年、暴風雨で倒れた松の大木の下から、たくさんの頭蓋骨が発見され、千本浜合戦の戦死者のものと言い伝えられてきた。
昭和29年に、人骨研究の権威鈴木尚東大教授の調査によって、当時のものと確認されたと言う。
10代後半の若者の骨が多く、頭蓋骨の数と刀傷の深さから戦いの激しさが伺われたと、現地解説板に記載されている。
千本浜古戦場には、明治期の発見時に骨を集めて弔った首塚が築かれ、現在でも本光寺の脇に残っている。
塚には大きく立派な石碑が建ち、往時の歴史を留めている。