丸塚古墳群(沼津市)
丸塚古墳群【沼津市井田・円墳】
丸塚古墳群は、井田漁港北東の丘陵斜面に分布しています。
・出土品:長頸壺・横瓶・玉類
4基からなる古墳群で古墳時代後期の築造と推定されており、いずれも石室材と思われる石が露呈しています。
(埼群古墳館HPより 抜粋)
長浜城跡(沼津市)
長浜城跡(ながはまじょうあと)【静岡県沼津市・国指定史跡】
長浜城(ながはまじょう)は、伊豆国君沢郡長浜(静岡県沼津市内浦重須)にあった日本の城。
現在まで戦国時代の海賊城の遺構を多く残していることで知られる。
国の史跡に指定されている。
駿河湾奥部の内浦湾に面したこの城は、室町時代から北条氏に仕えていた大川氏が居城としていた。
その後武田氏が狩野川沿いに三枚橋城(のちの沼津城と同地)を築城したため、水路を絶たれた北条氏が1579年(天正7年)頃、北条水軍の基地として改修したとされる。
武田水軍との幾多の戦いの際の発進基地ともなっており、1580年(天正8年)には千本浜沖で、後に駿河湾海戦と呼ばれる大規模な海戦も起こっている。
そして、1590年(天正18年)、豊臣水軍の侵攻の際は土侍が敗走、一戦も交えず陥落した。
築城時期、終焉時期の明確な記録は不明である。
(wikipediaより 抜粋)
江浦横穴群(沼津市)
江浦横穴群【沼津市江浦】
江浦横穴群は、マリンピア沼津北東の丘陵斜面に分布しています。
横穴墓で須恵器・直刀・人骨が出土しています。
92基からなる横穴墓群で6〜8世紀の築造と推定されています。
4地区に分かれ、その内もっとも数の多いA地区が県の指定を受けて保存されています。
(埼群古墳館HPより 抜粋)
内膳堀(沼津市)
内膳堀(ないぜんぼり)【沼津市】
植田内膳については不明な点が多く、一説には原の植田新田を拓いた植田三十郎が後に上香貫の新田(今の吉田町)に居住したとも言われている。
これは内膳またはその一族であろうか、近くには三十郎新田の小字名も残っている。
植田内膳は寛永13年(1636)11月16日にこの地で没した。
墓は本郷町の霊山寺にある。
昭和3年(1928)11月、内膳の偉業を顕彰するため香貫山の香陵台に頌徳碑が建立されたが、題字は徳富蘇峰の揮毫、碑陰記の撰ならびに書は池谷観海によるものである。
また、かつての堀の取入口には取入口碑(中瀬町)が建てられている。
(沼津市HPより 抜粋)
長塚古墳(沼津市)
長塚古墳【沼津市東沢田】
本古墳は、沢田小学校東方の台地上にあります。
- 前方後円墳(墳長54m、後円部径32m、同高5m、前方部幅17m、同長23m、同高3.5m)
- 出土品:円筒埴輪・鉄鉾・板石片・土師器・須恵器
市内に残る前方後円墳のうち最も残りのよい古墳で6世紀前半の築造と推定されている。
平成9・10年の調査で墳長54m、周溝を含めた全長75m前後とされた。
(埼群古墳館HPより 抜粋)
浜松店053-453-6541
静岡店054-251-1728