千貫樋(清水町)
千貫樋【駿東郡清水町】
三島の楽寿園に湧く小浜池の水を玉川、伏見、八幡、長沢、柿田(後に新宿を加わる)の5ヶ村の灌漑用水として利用するため、伊豆と駿河国境の谷に架けた樋です。
この樋が初めて架けられたのはいつの時代か諸説ありますが、応仁(1467ー69)のころ既に架設されていたようです。
当時樋は木製で長さ39間、幅1間、深さ15寸、高さ1丈5尺ありました。
この樋の維持管理費は、それぞれの村が決められた長さの分負担しあいました。
千貫樋の名前の由来は
- 架樋の技術が素晴らしく、銭千貫に値する。
- この用水が高千貫の田を潤している。
- 架樋費用が銭千貫かかった。
と3説りますが、いずれも樋を賞賛して名付けたものと思われます。
現在の樋はそれまでの木製の樋が関東大震災により崩壊したため、大正3年、鉄筋コンクリート製のものに作り替えたものです。
(清水町観光協会HPより 抜粋)